絹の来た道 これからの道 (その1)

2020-04-23

絹の誕生

昆虫の家畜化は蚕以外に今日まで他に例を見ません。

人類の歴史の中で、犬は2万年、牛馬は1万5千年、猫

は8千年前に家畜化されたと言われています。

8千年前といえば、氷河期が過ぎ、大地に豊かな森がで

き、針葉樹に代わり広葉樹林が広がった時期で、その腐

葉土が育む植物プランクトンが川から海に注ぎ、豊穣な

海が出来て来たのです。

蚕は少なくとも5千年以前には桑の葉を食べる小さな

クワコの家畜化に成功して、中国で養蚕が行なわれるよ

うになっていました。しかし他にも野外にはワコより大

型の繭を作る昆虫は多種多様あり、どうして小さなクワ

コ(2粒の大豆)を選んだのでしょうか。そもそもどの

様なきっかけで絹を発見したのでしょうか。

昆虫食

それは人々が狩猟生活が中心の時代、今日でも我々は

蜂の子やイナゴを食べているように、当時の人々にとっ

て昆虫食は簡単に入手出来る大切な蛋白源でした。

特に糸を吐く直前の幼虫の体がシルク蛋白でいっぱいに

なっている虫が美味しいですが、繭になってしまって、

木の葉に付いているものの中身を食べようとしても、繭

は強靭で石器などでは切り開いて中の蛹を取り出す事は

できません。やむなく繭ごと口に入れ、蛹の汁を食した

と思われます。その時、口から糸が出て来る事にヒント

を得て、糸づくりが始まったと思われます。

この事の証拠の一つに愛知県豊川市に蚕を食べた犬が

止めどもなく絹糸を吐いたと云う犬を祀る「犬神神社」

がある事でも解ります。また昭和のはじめ頃までは、養

蚕産地では生繭(乾繭にする前)を子供のおやつにして

いた所もあります。その子達は繭をしゃぶり蛹を食べ、

口から出る糸を親に渡していたようです。

それでも虫が不味ければ人は食べません、各種昆虫の中

でもまずまずの食味感であったと思われます。

一昨年、ラオスの山岳地域の昆虫食などの食味人気度調

査では、No.1は蜘蛛、No.2は蝉、No.3が蛹でした。

繭の色

野性の繭はそれぞれ捕食されないように回りの環境の

色に似た特有の色(多くは濃茶、薄茶、緑、黄、グレー

等)をもっています。またその色は紫外線等から蛹を守

る為の色でもあります。

ところが、クワコは他の野蚕繭にはない薄グレー、生成

り等が多く、極めて白に近い色の繭もあります。

狩猟時代白は貴重な色です。長い年月をかけてより白い

繭を作る蚕を選別して、今日の白色繭を獲得したのです。

解舒が容易

今日の繭では想像し難いですが、野性のクワコや初期

の養蚕繭は糸の外側に付いて繭を固めているセリシンと

云うニカワ質の蛋白質が少なく、今日の繭のように煮繭

しなくても、糸口を見つければゆっくりと細い1本の糸

を揚げられたから利活用に着目されたのでしょう。

それに引き換え、幾多あるクワコ以外の大型の野性繭は

繭層が固く強靭で、簡単にほぐれて糸を揚げる事は出来

ませんので、産業化の道から外れて行ったと思われます。

大人しい虫

もう一つ、昆虫の家畜化で大切な事は幼虫の運動性で

す。広範囲に動き回らなく、桑の葉をおとなしく食べる

虫が飼育し易いのです。人はクワコを逃げなく、飛翔も

しない家畜化に成功したのです。それが「蚕」、家蚕なの

です。それは固い樹皮糸(麻)や獣毛にもはるかに勝る、

軽く艶やかで美しく、柔らかく温かい理想の繊維の発見

でした。それをより沢山手に入れるべく、より従順な虫

ずくりに励んだのです。

強力な支配者の出現

数千年前になると、人々の中に国家的集団が出来て来

て、身分制度も確立してきます。

彼らは新しい絹という衣服を纏う事によって権威を示し

始めました。次第に絹の着用は支配階級の特権になって

行きます。最高級絹を表現する言葉に象形文字で書かれ

た「蝉翼霧」(蝉の羽根のように薄く、霧のように柔

らかい)と云う表現がそれを物語っています。

中国の歴代の王朝は絹の製法を西方等に伝える事を固く

禁じていましたので、古代ローマの人々は絹が何から作

られているか解らず、絹を「セル」、絹を作る人達を「

セレス」とよんでいました。

七夕まつりは男が桑を育て初夏に繭ができ、夏に糸に

なり、女が機織りをする「絹まつり」だったのです。

この様な上質な物を織る時は、織り姫を覗いたり、声を

かけてはいけません。気が散って織りムラができてしま

います。これが鶴の恩返しの話になっています。

日本では大化の改新から明治に至るまで庶民が絹の着

物を着る事を禁じていました(紬は可)。

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