豊橋に絹の製糸業を興隆させた「小渕しち」

2019-12-19

江戸末期から明治初期の三河、遠州の繭事情

三河の国は奈良平安の昔は日本でも屈指の良質の繭生

産地であったが、江戸時代末期には上州方面には養蚕、

製糸などの技術が遠く及ばない状態でした。

明治政府は殖産興業として繭生産、生糸輸出に力を入れ

ていて、三河、遠州地方も多くの家で養蚕を手掛けてい

ました。ところが三河地方には製糸工場が無いので、繭

を製糸場のある上州の方面に売りに行かねばならず、上

州からは足元を見られて安値で買い叩かれ、これを何と

か改善しようと地域の先進的な人達が思案していたのが

明治12年でした。(明治5年富岡製糸場開設)

小渕しちの16才の決意半生

小渕しちは弘化4年(1847)群馬県勢多郡富士見村

の貧しい農家の次女として生まれ、学校にも行かず、7

才の頃から母親のかたわらで、見様見真似で繰糸の技術

を覚え、10才の時には1人前の仕事ができるようになっ

ていました。15才の時製糸所に住み込み見習工に出たの

ですが、独立の意思強く、比類のない素晴らしい技術を

惜しまれながら退職したのです。明晰な彼女はその間、

繭の買入れや生糸の取引なども観察していたのです。

そんなある夜明け、自分の着物一切を8キロ先の質屋に

質入れして2両の金(製糸所の1年分の給料)工面して

繭市場で繭を買って自分で糸を作って独立しようとしま

したが、スリにお金をすられ途方に暮れましたが、人一

倍の勝ち気な彼女は母親の着物1枚を質入れし18銭の

元手で独立するのです。

17才で婿を迎えたのですが、その婿がのむ、うつ、乱暴

、と手の付け様がない人で、しちの両親は婿の素行を繭

の仲買商で、将来名主に推されようかと云う裕福な地主

の部落の区長にいつも相談をしていました。(安政3年(

1856)国定忠次刑死)三度流産して四度目に盲目の子を生

み、その子が13才になった時、盲目の子を残して家出

をしたのです。

勿論、区長の中島伊勢松も家も子も財産も身分も捨て、

徳次郎と名を変えて、しちに同行したのです。

三河との出会い

二人はお伊勢参りの夫婦をよそおい、甲州、遠州を経

て二川の宿に着きましたが、宿帳から上州の人と知れる

と、その夜の内に「糸繰りが上手な人が泊まっている」

と云う噂が広まり、長雨で逗留せざるを得ない二人を囲

んで製糸技術の話しを聞こうと養蚕の篤農家や繭仲買商

などが集まって来ました。

しちは二川に拠点を作る決意をして、戸籍も大厳寺の和

尚に作ってもらい、役所に届けました。

しちは大工に頼んで糸繰器を作り10人の女工雇う小さ

な製糸場を開き、明治16年には50名の女工を擁する

製糸場の経営者になっていました。

襲いかかる苦難

この頃三河地方にコレラが蔓延し、警察は流入者がコ

レラを持ち込んだのではないかと、流入者を調べ始めま

した。ある日しちの所に警察が来て、戸籍法違反、不義

密通罪で徳次郎と、和尚を捕らえ、それぞれ7年、5年、

刑に処せられ、しちは7ヶ月の未決となりました。

和尚は3年目、徳次郎は4年目に獄死してしまいました。

しかも、その事を知った上州地元中村家が大厳寺に埋葬

した徳次郎の遺骨を持ち去ってしまいました。

しちが警察から帰って来ると近隣の人は冷たくなり、

育てた女工達も引き抜かれ、あちこち製糸場ができてい

ました。ところが多くの女工達はしちの帰りを待ってい

たのです。ここで、しちもまた運命の打撃にたえて行こ

うと云う、強い意志を固めたのです。夫の3年忌も過ぎ

て、東海道線が全面開通した年、人目を避け故郷上州の

夫と在所の墓参をして、帰りの宿で頼んだあんまが10

年前捨てた我が子「よね」だったのです。しちはよねを

引き取り婿を迎え一戸をもたせました。

逆境が成功を導き、製糸豊橋を形成

その頃になると二川から豊橋にかけて新しい製糸場が

出来て、資本の関係からしちの工場は経営が苦しくなっ

て来たのですが、しちはそれまで製糸場で引き取らない

玉繭から立派な生糸を採る技をあみ出したのです。

他の業者と競合する事なく、安くて入手し易い玉繭を使

った新製糸産業を起こしたのです。

その糸は桐生、足利。八王子などに道が開け、その(ふし)

物の名声は高まり丹後、加賀、越後方面から続々注文が

来るようになり、輸出もされるようになりました。(男工

100,女工1000人)一方しちは製糸業者の組合を組織

し、各種博覧会に出品して賞を受け、大正天皇に女性初

の個人拝謁し、82才で永眠しました。

*参考文献:丸山義二著 「小渕しち」

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