絹の考古学入門(その2 糸質、繊密度の変遷)

2020-04-27

絹の繊維は時代と地域により変化

小氷河期が過ぎた1万年〜8千年前、地球の温度が現

在より5℃近くも高くなり、針葉樹から広葉樹が繁茂し

て来ました。桑の木も、その葉を食べるクワコも大いに

繁殖し、その環境の中で、中国の浙江省付近で野性のク

ワコから家畜化された1化性蚕(年1回羽化)の小型な

家蚕が誕生しました。

それらの蚕は北や南に伝わり、より温暖な南に伝播した

ものと、寒冷北に伝わったものとでは、気温違いで餌の

量と桑の葉の栄養素の違いで、数千年という長いい間に

様々な品種に分化して行きました。

糸質も地域年代によって南の丸みのある糸、北のやや扁

平な糸など様々になって行きました。

絹繊維の変遷

発掘される絹は人骨に付着していたり、刀剣などの柄

に巻かれていたり、漆と絹で作られた棺の一部であった

り様々です。

古いものを鑑定する為には、それらの絹がいつの時代、

何処で作られたか特定する必要があります。放射性炭素

測定などでは100年前後の誤差がありますが、おおよそ

の年代測定は出来ます。しかし何処から運ばれて来たか

は判りません。

近年それを特定する新たな三つの方法が(京都工芸繊維

大学、布目順郎教授提唱)定着して、放射性炭素測定よ

り細かな年代測定が出来るようになりました。その手法

によれば何時の時代のどの地域で作られた糸か、おおよ

そ見当がつくようになりました。

この方法により世界の博物館などの年代未確定絹収蔵物

の数々の年代確定をする事が出来るようになりました。

その一つは糸の「断面積」(糸の切片を作り、セリシン

で固められた2本のフィブロインの片方の面積)を測る

方法です。この断面積はその地域の年々の気温の変化に

微妙に連動しているのです。その僅かな違いを読み取る

方法です。これは古代から現代迄の気温の変化の記録と

発掘された膨大な絹の断面積計測データーの蓄積のたま

ものといえるでしょう。

次に糸の「断面積完全度」(断面積を計った半お握り型

繊維の最長で円を描き、円の面積と繊維の面積の空間率

)を測る方法です。気温が低い年代や地域では数値が低

く、糸がやや扁平になり、気温が高いと逆になります。

絹糸は時代と共に微妙に変化しているのです。

更に「ウラジネス繊維」(糸からはがれたほんの微細な

枝毛)を観察する。

中国の漢の時代以前までは繭から揚げた生糸のニカワ質

部分を精練して取り除く事が無く、ハリハリした状態で

利用されたようで、糸はニカワ質に固められていて枝毛

は出ないので、時代判定の一つの根拠になっています、

織り密度

絹は他のどの繊維より細い糸を作る事が出来ます。

一つの繭から揚げた糸を(こつ)と言い、5個の繭から揚げた

糸を「糸」といっていました。

今日、糸と云えば撚りが掛かっている物が普通ですが、

新石器時代から春秋戦国時代までの中国では、絹織物は

撚りのかかっていない無撚糸を使っていました。

殷の時代頃になっても撚糸技術は未発達でしたが、経糸

(たていと)80本緯糸(よこいと)30本(1センチ四

方)という非常に細い糸を作り、織の技術は全て平織り

ですが、薄い織物を作る技術をもっていました。 漢の

時代までには撚糸、精練技術が発達し縦糸120本と云う

極細糸で絹が織られるようになり、この様な絹織物を蝉

の羽根の様に薄く霧のように柔らかいと言いました。

唐の時代になると地球の気温が現在より2℃ほど上昇し

て、繊度も太くなり、繊り密度も経糸68本緯糸36本と

いったやや粗な物に変化します。宋の時代になると多彩

な文化が花開き、絹織物技術も多岐に渡って来ます。

日本では縄文式時代の繊維の発掘物は苧麻、大麻、藤な

どの様々な植物繊維が(ひも)(なわ)に使われていて、稀に絹と

思われる痕跡が土器等の付着物にあるようですが、衣類

としての織物は発見されていません。

弥生時代になって無撚糸の織物が出土されますが、平織

りで、織り密度は粗い経糸28本本緯糸18本くらいの物

が多く、中国に比べて製糸技術が未発達であった事が伺

われます。 それら等の糸は繭から直接糸を引き出す「

ずりだし」又は真綿から撚りをかけずに引いた「紬」で

あったようです。この方法は古墳時代まで続きますが、

弥生時代末期、卑弥呼が魏帝に献上した和錦も紬糸を使

った物であったのでしょうか。奈良時代になると撚り糸

の織物が多くなり、織り密度も経糸50本緯糸35本前後

の物が多くなって来ます。室町時代のなると人の趣味趣

向が多岐に分化して来て、経糸緯糸の本数が接近した織

物など多様な染織文化が花開いて来ます。

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